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奇特なブログ

「殊勝に値する行いや心掛け」を意味する、奇特な人になる為のブログです

「空気」とか「出しゃばり」とか「告知」とかの話一式

さて、最近あった出来事を踏まえつつ、少々書いてみましょうかと。
元ネタは、2ちゃん内だったんですけどね。

まずは、空気(場の空気とかの空気)から。
まず、場の空気というものがよく分からないという方は、ググったら一杯出てきますので、まずはそこからかと。
あと、以下の記事とかもありますし。

続、「場」の恐怖
http://d.hatena.ne.jp/gallu/20080319/p1

あと、ガチ研究ですと、以下の名著(多分)もありますし。
個人的にも、そろそろ読んでみたい所ではありますね。

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
http://www.amazon.co.jp/dp/4167306034

で、これ、ビジネスの場合と娯楽系の場合で若干違うんだろうなと。
まずは、ビジネスの場合においてなんですけど、
「場の空気に従う事で、ビジネスが上手くいきそうなら、何も言わずその場の空気に従う」ってのが基本パターンかと。
なぜか。
いわゆる、「郷に入りては郷に従え」という考え、大変に重要だと思うからですね。
つまり、その郷に入る以上、その中には間違いなくルールがあり、
そのルールを守らない人間は、基本排除されるってのがあり、
排除されるのが嫌なら、ルールを守るっていうのは、マイノリティであるとか云々関係なく、
とても大切な要素と思います。
最近だと、ルールについては、以下の記事が「深かった」ですね。

ダライ・ラマの人生で大切な「18か条」が深い」が本当に深い
http://d.hatena.ne.jp/gallu/20150326/p1

さて、では空気を読まずにルールを破るといった行為についてなんですけど、
いわゆる「適切な破り方」が大変に難しく。
まず、初手としては、「ルールが○○だと△△な問題が発生し、あまりよろしくないので、××に変更して良いでしょうか?」と、政治でいうとロビーイングが似てるんですかね?
まぁ、まずこれをしないと「お話にならない」です。
なんですけど。
まず、「無謬性」にとらわれている方々。
具体的には「このルールに一切の間違いはない」ということで、ルールの変更自体を一切認めないという。
法律もルールの一種でしょうし、時代の進行に合わせて法改正をするのは当たり前だと思うんですけどね。
ただ、ルールを変えるというのは、正直手段の一つでしかないと思うので、
そのままでもビジネスが上手く回るんなら、良いとは思うんですけどね。

次に、「そのルールのままの方が、自分(あるいは、自分と親しい人達だけ)に取って都合が良いので、
色々詭弁を駆使しつつ、結局ルール変更を認めない」というケース。
例えば、1日15時間働いても、残業代は1円も出ないというルールは、
お金を節約したい経営者にとっては都合の良いルールなわけですから。
ブラック企業関連だと、最近だと以下の話がしっくり来ましたね。

https://twitter.com/T_Miyake/status/583605708802785280

で、ここで120%間違いなく出る論調としまして、
「私達だって、雇用の改善に寄与しているんです」なんですけど、
「生存本能」ってない人間っていないと思いますし、
あと、これだけ、人材の流動性が高まる状況(ハロワも転職支援にしても)が出来上がっているのに、
それを縛っても、「風評被害(これ、あんまり舐めない方が良いと思うんですけどね。転職会議とか)」的に、
中長期的にはよろしくない展開になるかなと思いますので。
ちなみにココで、都合の悪いレビューは削除するとかしても、
全く黒い話が無い時点で、勘の良い人は気付き、
「これは、組織的に何か行われているな」と思うので、
最終的には、この辺りに行き着くんじゃないかなと。

エンジニアリングにおける生態濃縮問題
http://d.hatena.ne.jp/gallu/20110509/p1

で、ブラックについては、以下の通り、「まず、定義から考えましょう」がとても大切かと思いますね。
定義が定まって共有出来てないと、議論って凄く難しいので。

巷の”ハローワークブラック企業の「求人お断り」検討”に思う
http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20150106-00042048/

で、こちらも、そのままでもビジネスが上手く回るんなら、良いとは思うんですけどね。
勿論、「短期的」にも「中長期的」にもですけどね。

で、微妙に場の空気とかの話から飛んでますけど、
要は、リアルビジネスにおいて、
「上記の様な話あるんだけど、どう?(これやってる人、現場で少数ですがいます。あ、僕じゃないですよ)」と軽く突っ込み入れても、一切合切真剣に検討されていないというのが、最大の問題ですね。
そういうのが出た時にですよ。
「まず見てみる」「更に詳しく聞いてみる」「特に大きなリスクが無さそうだったら、そのやり方とかを実践してみる」
ってのが、一番重要だと思ってますよ。
で、そのやり方がダメそうなら、また元に戻すってのもどうかと思うので、違うやり方をまた考える。
ってのが、いわゆるPDCAっていうんだと思うんですけどね、あまり実例を見たことない(苦笑)
ビジネスが「簡単なわけがない」んですよ。簡単だったら、アメリカに勝てると思いますしね。
上記の話自体は、あくまで「Web上の参考情報でしかないし、それをどう生かすも殺すも読んだ側次第」なんですよ。
だって、Webには素敵な情報がある一方で、腐ってる話も一杯あるわけでして。
だから、「最高で最低」だと思うんですけど。
あと、現在の自社が置かれている状況(労働者側がダメな人ばっかり)もありますし、
他社と差別化して、どう自社の強みを出していくかなんてのは、
何処と競合しているのか(案外、同業他社じゃなかったりもするんですよねココ)ってのも大事かと思いますし、
他社がどうしているのかってのを調べるのも大事でしょうし。
と、他にも色々あるかと思いますけど、陋規というか、
正確には「清濁を併せのむ」という要素が、大変に重要かと思いますね。

「清規」と「陋規」
http://d.hatena.ne.jp/gallu/20070501/p1

ここらへん、裏社会って書いてますけど、
以前に読んだ以下の本が大変に面白かったですね。

裏社会の掟―極道たちのルールとシステム
http://www.amazon.co.jp/dp/4781670199

これ読んだせいか、ヤクザが社会的に悪なのは間違いないんでしょうけど、
本の中に書いてあったルール的なものは、
「一本筋が通っていて中々素敵だし、参考になる」と思いましたね。
むしろ、ブラック企業とかの方が、「迷走していて、何したいのかさっぱり分からん」という印象が強いですね。
まさに、以下の印象なんですけど。

烙印を背負う人びと
http://d.hatena.ne.jp/maukiti/20150413/p1

あと、ビジネスの方の最後としまして、さっきもちょっと書きましたけど、
「ビジネスは簡単である」という認識を持っている方が大多数な感があるんですけど、
僕は、「全く」そうは思わないので。
で、そこの認識ずれていると、多分何も話しても話が噛み合わないだろうなって思いましたね。


次に、娯楽系の方の空気について。
こっちは、基本的にはあまり気にしないので、基本的には「場を読んで発言すれば良い」と思いますね。
「所詮」娯楽ですし。
ただ、娯楽の更なる発展とか考えると、ココから問題が出てきがちで、
僕が突っ込まれた原因がこの辺にありそうかなと思いましてね。
元ネタがゲームなので、ゲームの話(ただ、音楽でも映像作品でもあまり変わらん様に思います)になりますけど、
「娯楽なのは確かだけど、娯楽を娯楽で終わらせてしまっては、業界の社会的意義が他の業界の人に認識されず、
結果として、業界の更なる発展は難しく、下手すると衰退する」ってのが基本パターンとしてありそうでして。
ただ、ココで問題になるのが、以下にも書いた様にゲーミフィケーション(僕は学ぶって意味合いが強いんですけど)問題。

ノマトピア構想を読んだ感想
http://kitoku1.blog129.fc2.com/blog-entry-245.html

ただ、仮に作る側がこれ仕込んだとしても、
掲示板(FEだけですけど、多分他のゲームもあまり変わらないと思います)を色々見た限り、
100人中、80〜90人ぐらいのユーザーがついてこれないという印象ですね。
なぜか。

まず、「作り手の意図」というのが、以下の様に存在します。
探せば、他の作品でも一杯あると思いますけどね。

加賀昭三氏(『ファイアーエムブレム』シリーズゲームデザイナー)
が語る、『トラキア776』への想い、プレイヤーへの想い
http://www.nintendo.co.jp/nom/9905/doku/

東京大学”五月祭”で岡田耕始氏が『女神転生』誕生秘話を語った
http://www.famitsu.com/game/news/1215408_1124.html

ただ、こういったものに対して、以下の通り「作り手の意思など、受け手の解釈にはどうでも良い物」と出ているので、
世界観やシナリオやゲームバランスなんぞをそんなに練り込まずに、
「ユーザーが喜ぶものを作れば良い」と、作り手側がなっても無理はないでしょうね。

考察・加賀FEは実はオタク批判
http://www2.pegasusknight.com/bbs/topic/2b354893-e57c-77ac-b5e8-3426dae8ccd4

あと、これは僕の妄想がかなり強いんですけど、
FE新・紋章の謎の最高難易度で「必殺が出なくても、ラスボスが倒せる様にバランス調整してみよう」という「作り手の意図」があっても、
難易度が高過ぎて、それをプレイするユーザーが気付けない(僕は、最近出来ることが判明したので、気付いたんですけど。きちんと、戦略考えてプレイすれば出来ますよ)なら、「どのくらい、バランス調整がしっかりしているか」ってのは気付かれず、
結果として作り手としては、
「ちょっと敷居が高過ぎたんで、次回作以降は難易度下げて、俺tueee要素とか増やそう」となっても無理はないでしょうね。
ちなみに、以前に「ユーザーの爽快感を、まず重視させるってのが、最近の業界内では常識」みたいな発言を・・・誰が言ってたかは止めときますかね、「記事削除されている」ので。
あと、上記の難易度云々については、
「作り手側からの挑戦かな?クリア出来るかどうか」っていう意図を僕は感じましたけどね、ココも妄想ですけど。
俺tueee要素自体は、僕も「時々」なら好きなので、よくやるんですけどね。なので程度問題かなと。
あと、娯楽なのも否定しませんし。
ただ、娯楽は娯楽でよろしいんですけど、娯楽を娯楽で終わらせればそれまでかなってだけですね。


あと、最後に、最近気付いた場について少々。

まず、これはビジネスの方ですけど、
「ちょっと突っ込みがないと、すぐに調子に乗り始めるっていう場」がありそうだなぁと。
場があるって、「知覚がとても難しい」ので、何となくではあるんですけど。
ただ、まぁ「突っ込みが無くなったから、きっと問題無くなったんだ」的な流れは全然ありそうとは思いますけどね。
でも、突っ込みって、大半は「一人が突っ込んでいるんじゃなくて、他にも何人も突っ込んでいる人がいる」わけで、
突っ込みが無くなったと思うってのは、一部の人しか見れていなくて視野が狭いという印象感じますね。
あるいは、一部の人に極端に依存しているとか。

あと、「突っ込まないで、私を褒め称えてよ!承認してよ!」ってのは、
特に否定はしない(むしろ、したいぐらいです)んですけど、
あんまりココに依存度合いが高過ぎると、ちょっと躊躇が生まれますね。
以下の通り、結構難しい問題だとは思うんですけど。

私達はどのように承認欲求と向き合うべきか
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20140120/p1

次に、これは娯楽系ですけど、ビックリしたのが「敬語を使ってはいけない場」。
学ぶとか考えると敬語必須だと思うんですけどね。最近はあんまり気にしないっちゃ気にしないんですけど。
まぁ、あれはあれで良いと思うんで、個人的には敬語を使わないペルソナ(人格の事)を新たに獲得したわけですけどw
なので、「場によって使い分けよう」かなと。
ただ、そこを除けば、以下の記事の1番のイメージがしっくりくるので、
敬語を使わないというシチュエーションは、そんなにわかないですね。

楽しんで成長する7つの心がけ
http://motohasi.hatenablog.com/entry/2014/02/11/045934

あと、全然関係ないですけど、
上記の7番を読んで、僕が好きな歌の一つである「銀の竜の背に乗って」を思い出しましたねw

次に、出しゃばりについて。
出しゃばりの定義を聞いてみたい気がまずはしますけど、まぁ大体ニュアンスは分かるので、
場の中で、あまりにも自分だけ浮いて喋り続けるとかだと思いますね。

次に、告知とか宣伝について。
むしろ、したくないんですけどw
僕は、根本がとてつもなく面倒くさがり屋な人間でして、
言わなくて良いなら言いたくないですし、
2ちゃんでも書かれていた「自然に見るに任せろ」については、ある程度は分かるものの、
ただ、「告知とか宣伝とか書いたりしなければ、そもそも認識出来ない」というのもあり、
難しい所だなぁと思いますね。

思ったより、長くなってしまった(苦笑)