読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

奇特なブログ

「殊勝に値する行いや心掛け」を意味する、奇特な人になる為のブログです

「消滅願望」というものがあるみたい

いや、たまたまこんな記事 http://matome.naver.jp/odai/2139037516465643601 を見つけて分かったんですけど。

せっかくですんで、僕個人がどうかも含めて触れてみることにします。

自分の存在をなかったものにしてしまいたい。
そう思ったことは、ありますか?
「なかったものにしてしまいたい」というのは、あるかもしれないし、ないかもしれないし、ちょっと分からないですね。
ただ、「自殺してしまいたい」なら、これはあります。未遂も、覚えている限り最低二回は。
じゃあ、なんで死ねなかったのかという話になってくるんですけど、
「親を悲しませたくない」という、この一点に尽きると思います。
それ以外の人は、全然無いですね。
ですから、親の愛情、もう少し具体的に書きますと、
「誰かから必要とされているという実感」が一人に対してでもあれば、
「死にたいけど、死ねない」という感情が出てくるんじゃないかと思ったり。
でも、親の愛情が無かった、もしくは親の愛情はあったけど、
社会に出てから職場(正確には上司かと)での愛情(というより、必要とされていたかどうか)がなければ、
仕事をしたいとは思わないんじゃないかというのは、ある様に思います。

で、僕が職場ではどうだったかについては、
最初は「必要とされているという実感」が「殆ど無かった(でも、ゼロでは無かった)」ですね。
ですから、しばらくはキツかったです。
ただ、ITの業界だけでいきますと、
3年ぐらい経ってからは、まぁ「現場(色々と変わってますんで)に依る」といった所です。
ダメな現場は、全然ダメでしたけど、
評価されて、惜しまれつつ離れた現場もありましたし。
手前味噌ですけど、「勉強したから」というのは、やはりあった様に思われます。
評価されたというのが、「努力したことによる結果」を評価されましたので。

で、他の発言も見ると、この「周囲に必要とされていないと思う不安」というのが、
この消滅(あるいは自殺)願望の根っ子にある様に感じます。
「「必要とされたい」の裏返し?」とも、書いてますしね。
で、僕もそういう不安はあります、というより、死ぬまでずっとあると思いますね。
で、そうならない為に、勉強しているんです。
というのと、「せっかく生まれたのだから、死ぬまでに何か一つぐらいは社会に遺したい」というのもありますね。

ということで、こういった消滅願望を持つ人を減らすには、
「自分は必要とされているという実感を周囲が与えること」が必要だと思いますね。
まぁ、「実は周囲は与えているのだが、本人がそれに気付いていない」というのもあるかもしれませんけど。
で、個人的には、自分に向かってくる人(まぁ、数は少ないですけど)には、対処してますけど、
それ以外については、「個別に批判していない人以外は、全員必要としている」という態度なもんで。
だから、個別に対応って出来ないんですよ、「数が多過ぎて」。

さて、じゃあ次に来る点として、「幾ら努力しても、中々周囲に必要とされないのだが」という悩みもあると思います。
ここは、こちら http://kitoku1.blog129.fc2.com/blog-entry-204.html にも書いたんですけど、
スキルレベルが上がってくると、溝が深くなる(階段で言うと、一段の高さが高くなる様なもの)が故に、
「努力の成果を、きちんと実感することが出来る」のにも「時間がかかる」となってしまうんですね。
ですから、「幾ら努力しても」というのは、「まだ努力が足りない」っていう可能性があるんじゃないかなぁと思います。
あと、この辺のレベルまで上がってきますと、
一つの分野だけだと厳しくなってくるとも思いますね。例えば「技術"だけ"」とか。

あと、最後に不安っていうと「将来に対する不安」について。
正直、自分の人生を振り返ると、
将来どころか、「数ヶ月先すら予想しても外れている(特にここ数年)」展開なので、
「将来と言われても、先過ぎて不安を感じるも何も」という感じでして(苦笑)
「国に対する不安?」、ありますけど、国の話とかになると、
僕一人で考える様な話じゃないですからね。それこそ「独裁」だw
だから、「国民に不安を与えている政治とか会社(主に社会的影響の大きい大企業)」は、
反省して改善していって下さいというのはありますけど、
ただ、「迷惑を受けている部分もある」し、
「恩恵を受けている部分(この辺は、他の国とか他の会社とか見ないと分からないかもしれない)もある」と思っているので、
「殺したくなる程、批判しているか」というと、「個人的には」そこまではないかも。
まぁ、ゼロじゃあないですけどね。聖母マリアじゃあるまいし。

ですので、話を戻すと、「消滅願望」については、
「全く理解出来ないわけではないけど、消滅したいとか死にたいとまでは、"今は"思わない」ですね。
ただ、以前はそれなりにあって、「周囲から必要とされていた事で助かっていた」とは思うので、
これは、社会全体として取り組む必要がある問題だとは思いますよ。
僕のスタンスは、上記に書いた通りですけど。