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奇特なブログ

「殊勝に値する行いや心掛け」を意味する、奇特な人になる為のブログです

正論は相手に馴染んでこそ意味がある

正論って、反論が極めて難しいもので、
言われた相手にとっては、非常に傷付いたり、どうして良いか困ってしまう時もあると思います。
そして、そういった特性があるが故に、
「正しい」けれども、中々受け入れ難いものだと思います。
まあ、無理もないと思うんですよね。
「正しいけど、今の私の状況でそれを言われても、そんなこと出来ない」って感じが多いのではないかと。
筆者もそういう部分有りますし。
だからこそ、「相手にとって馴染みやすい」内容である必要があるのではないかと。
正論を言うだけなら、それほど難しくないわけですから。

社会経験が皆無の新人に、
「仕事では報連相が大切なので、ちゃんとやる様に」
と「やり方を教えずに」言われても、
どうやってやれば良いのか、困るのではないでしょうか。
報連相なんて、学校では教えてくれないと思いますし、多分。
デザイナー上がりで、プログラムのプの字も知らない人に、
「ちゃんと、脆弱性の無いプログラムを書いて下さい」といきなり言っても、
どうすれば良いのか困るのではないでしょうか。

勿論、言われた側にも、独学などの自助努力は必要だと思うのです。
でも、正論を言う側も。
今、相手が立たされている状況を考慮して、
「これなら相手にとって馴染みやすいのではないだろうか」という視点を持って、
「厳しい」正論を、相手が受け入れやすい形にして、伝える必要があるのではないでしょうか。

正論を言う目的って、相手に伝えて納得してもらって、
相手に変わってもらう事ではないでしょうか。
正論を言った所で、相手が変わらなければ、意味がないと思います。だからこそ。
まあぶっちゃけ、実践するのは結構難しいとは思いますが、
そんな視点が大切ではないかなと。
以上、筆者自身の反省会でした(苦笑)